このブログの記事ランキングでは、HF 用ベランダ釣竿アンテナへのアクセスが圧倒的に多いようです。これは、ベランダからオンエアしたいと考えていらっしゃるアパマン・ハムの方々が、非常に多いことを物語っていると思います。
以前から、私の釣竿アンテナに関する続編をご紹介したいと考えていましたが、詳細な記事を書く時間がなく、そのままズルズルと時間だけが過ぎてしまいました。そこで、今回は「予告編」と称して、現在私が使用している釣竿アンテナに関して、最低限の情報をご紹介させて頂きます。(詳細は後日改めてご紹介させて頂きたいと思いますが、例によって、いつのことになるやら?) ![]() ![]() これらの写真は、2010年11月にメジャー・チェンジを行い、現在も使用している釣竿アンテナです。名付けてエイリアン・アンテナ。映画をご覧になった方なら、その名前の由来をご理解頂けることと思います(笑)。 以前の釣竿アンテナからの改良点は次の3点です。 ① 長さ 3.6m のグラス・ファイバー製の釣竿に、12.7m のアンテナ・エレメントを、写真のように無理矢理固定しました。最初は、「こんな固定方法で本当に電波が飛ぶのか?」と疑心暗鬼でしたが、意外にも、今まで私が使用した(常設の)釣竿アンテナでは、送受信ともに最高の性能です。 ② 直径 9cm のペットボトルに直径 2mm のビニール線を40回密巻きにしたコイルを自作し、ATU(AH-4)とアンテナ・エレメントの間に挿入しました。この結果、1.8 - 1.9 MHz でもチューニングできるようになりました。コイルの ON/OFF は、シャックからリレーを操作して切り替えています。 ③ 50 MHz 用 HB9CV と同じマストに釣竿を固定しました。ローテーターを回せば、室内から釣竿アンテナの出し入れができます。釣竿アンテナと HB9CV が接近していますが、互いに悪影響はありません。 #
by jg2gsy
| 2012-12-16 22:00
| ベランダ・アンテナ
世界各国の QSL BURO の実態や日本への航空便料金などをまとめた JG2GSY Web Page を、およそ1年半ぶりに更新しました。
当初は、2012年1月のアメリカの郵便料金値上げに合わせて、Web Page も update & version up する予定でしたが、計画した通りに新たな情報が入手できず苦労しています(現在完了進行形)。必要な情報がすべて入手できるまで待っていては、一体いつになったら Web Page の更新ができるのか予測不能な泥沼に陥ったため、とりあえず、2012年8月22日の時点で整理できている情報を更新しました。 少しでも表中の空欄を埋めるために、情報のご提供をお願いするとともに、間違った記載などにお気付きの際は、 jg2gsy (at) yahoo.co.jp 宛にご連絡を頂ければ幸いです。 今回の更新が遅れた理由のひとつは、この1年半の間に多くの国の郵便料金が値上げされたため、いつも暇なときに少しずつ整理している情報が、全く役に立たなくなってしまったことです。各国の郵便料金の大幅な値上げ、および、現地通貨と対米ドル為替レートの大きな変化を見て、世界経済の混乱ぶりを実感しました。 昨年、南米の某局にダイレクトで QSL を請求した際、QRZ.com に「返信には3.5米ドル必要」と記載されており、そのときは、「嘘付け!、お前の国の郵便料金が3.5米ドルもする訳がない!」と思ったのですが、調べてみたら本当でした。私は、経済はあまり詳しくありませんが、これは、某国のインフレとドル安の相乗効果でしょうか? 今回の編集作業では、色々と勉強になりました。 #
by jg2gsy
| 2012-08-23 00:00
| JG2GSY Web Page
私の自宅の周辺では、数日前に一斉に蝉(セミ)が鳴き始めた。蝉の鳴き声を聞いただけで、思わず「暑い!」と感じてしまうのは、日本人なら誰もが同じであろう。
今回のネタは、昨年の夏の思い出話である。今も聞こえる蝉時雨が、1年前の大切な出来事を思い出させてくれた。 2011年の7月下旬、京都で国際血栓止血学会が開かれた。私にとっては、学会に参加することよりも、スウェーデンに留学していた頃の友人達との再会の方が、はるかに重要であった。特にオランダ人 Gerry との再会は。 Gerry と私は、全く同じ時期にスウェーデンに留学した、言わば、留学同期生である。研究室では隣同士の実験台を使い、いつも実験結果を議論しながら楽しく研究をし、週末には互いのアパートを訪ね、世間話をしたり、テレビのサッカー中継に一喜一憂した。「お前と俺は、一生涯の親友同士だ!」、我々が、そう考えるようになるまで、長い時間はかからなかった。 話しは1999年まで遡る。同年8月中旬、留学先のスウェーデンの研究室から、Dahlbäck 教授以下10名ほどが国際血栓止血学会に参加した。このときの開催地は、アメリカのワシントンであった。 学会期間中のある日、Gerry と私は、学会場の近くのカフェでランチを食べた。カフェの隣には大きな公園があり、日本では聞いたことがない鳴き声の蝉が大合唱していた。カフェの席に着くなり、Gerry が私に尋ねた。「この大きな音は何だ?」、「鳥か?」と。「これは英語で cicada と言う昆虫の鳴き声だ。」、「日本では、毎年夏になると、一斉に大合唱が始まる。」と説明したが、「本当か?」、「こんなに大きな声で鳴く昆虫がいるのか?」と、Gerry は疑心暗鬼な様子であった。改めて思い出してみれば、スウェーデンに留学してからは、一度も蝉の鳴き声を聞いたことがなかった。おそらく、蝉は北中部ヨーロッパには生息しておらず、オランダ人の Gerry は、生まれて初めて蝉時雨を聞いたのであろう。学会場への帰り道で蝉の死骸を見つけた私は、「これこれ、これが cicada だ!」と指さしたところ、「嘘付け!」、「こんな小さい昆虫が、あれほど大きな音を出す訳がない!」と、全く信じようとしなかった。そこで、「将来、夏に日本に来る機会があれば、目の前で鳴いている蝉を見せてやる。」と約束したのである。 そして昨年の夏、13年前の約束を果たすチャンスが訪れた。学会の数日前に来日するように Gerry に連絡し、京都観光を計画した。そして、Dahlbäck 教授も、3日間(時間的には延べ2日間)の観光に参加することとなった。 京都の中心部は学会中の短い空き時間に独りで観光できると考え、周辺部の観光地に Gerry と Dahlbäck 教授を案内することにした。 観光1日目の午後は、嵐山と金閣寺であった。どちらでも蝉の鳴き声が聞こえたが、立ち入り禁止の場所で鳴いていたため、肉眼でその姿を見ることはできなかった。 ![]() ![]() 観光2日目、1日かけて宇治平等院へと足を伸ばした。 ![]() サイフから10円硬貨を取り出し、目の前にある平等院鳳凰堂が、硬貨の表面にデザインされていることを説明すると、ふたりは大いに感動してくれた。 ![]() そして、遂にその瞬間が訪れた。「いた!」、「あそこ!」、思わず日本語で叫んでしまったが、「私が指さす先に cicada がいる」ことを、Gerry は瞬時に理解した。庭園を挟んで鳳凰堂の反対側の場所にある木々で、多くのクマゼミとアブラゼミが大合唱していた。大きく腹を動かしながら懸命に鳴く蝉の姿を見て、Gerry はデジカメのビデオを回し始めた。「本当に大きな鳴き声だな!」と、大興奮の Gerry の姿を見て、私も大満足したことは言うまでもない。日本人にとって、「夏 = 蝉時雨」であることを説明し、13年前の私の話が嘘ではないことを証明して見せた。 観光3日目は夕方に学会の開会式があるため、半日しか観光時間がなかった。Gerry と Dahlbäck 教授に希望を聞いたが、「行き先はお前に任せる。」と言われ、迷わず清水寺と決めた。それには深い訳があった、、、。 清水寺の境内に入るや否や、Gerry は興味深げに何枚も写真を撮り続けた、そして、清水の舞台に近付いたとき、一瞬にして彼の顔が青ざめたことを、私は見逃さなかった。実は Gerry は、自他ともに認める高所恐怖症なのである。冷や汗をかく Gerry に向かって、「清水の舞台から飛び降りる。」という諺を説明したが、「良くわかったから、早く移動しよう!」と、まるで逃げ出すかのように清水の舞台から遠ざかった。かくして、私の作戦は大成功に終わった(笑)。 ![]() Gerry が、青ざめた顔で、「めまいがする。」と言うので、境内にある腰掛け茶屋で休憩することとなった。氷という旗を見て、「蝉時雨以外に、もうひとつ、日本の夏には不可欠なものがある!」と大風呂敷を広げ、Gerry と Dahlbäck 教授に、かき氷を食べることを提案した。一般にヨーロッパでは、冷たい飲み物に氷の塊を入れることはあっても、かき氷を食べる風習はない(一部の国では例外あり)。 ![]() 店のおばちゃんが持ってきてくれたかき氷を手にして、私は、「かき氷の伝統的な食べ方は、最初に一気に半分食べることだ。」と説明した。そして、ふたりは何も疑うことなく、一気にかき氷を口に運び始めた。さて、30秒後に何が起こったのか、日本人ならば想像に難くないであろう。ふたりは、ほぼ同時にスプーンを持つ手を止め、苦しそうに眉間を押さえ始めた。そう、あの「キーン!」と鋭い頭痛である。 しばらくして頭痛が治まったふたりは、「これは、本当に伝統的な食べ方なのか?」と質問してきた。私は自信たっぷりに、「この鋭い頭痛なしに、日本の夏を語ることはできない!」と断言した(笑)。しかし、すぐに、「周りの誰も痛がっていないぞ!」と、鋭い反論が返ってきた。さすがは科学者である。観察力が鋭い(笑)。そこで、私は、「これは英語で ice cream headache と言われ・・・」と、頭痛の医学的なメカニズムを説明した後、「日本では、子供の頃に、かき氷を急いで食べて頭痛に苦しむことを何回も経験して、『冷たい物は急いで食べてはならない』と学習するのだが、大人になっても、ついつい忘れて犯してしまう過ちのひとつだ。」と種明かしをした。「うーむ、良くわかった。」と言った Dahlbäck 教授は、明らかに納得していなかった(笑)。そして、Gerry は、「2年後の国際血栓止血学会は、アムステルダムだ。」、「今度は、オランダの伝統的な夏の過ごし方を教えてやるから、必ずアムステルダムへ来い!」と、意味深な笑みを浮かべた。Gerry の言葉に少々不安は残るが(笑)、休みさえ取ることさえできれば、是非ともアムステルダムへ行きたいと考えている。 さて、PA/SM7XQZ/p は実現するのか? #
by jg2gsy
| 2012-07-26 15:00
| その他:無線以外
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マジで悩んだ!
それは、1年ほど前(だったと思う)、某移動局に未交信の JCG をサービスして頂いたときの話しである。UR 599 BK 式の short QSO で終わるものと思っていたが、急に「ホレ・・・」と和文が10秒ほど続いた後、「73 TU E E」と打ってこられた。
いつもお相手して頂くお馴染みさんならば、short QSO の際も、「オオキニ」や「マタヨロ」など、一言だけ和文で挨拶を交わすことは珍しくない。その某局とは 1st QSO であったが、10秒ほどの和文の次が「73 TU E E」であったことから、その和文は、短い挨拶と考えた。しかし、和文を打たれることを全く予期していなかった私は、最初は1文字もコピーできなかった。そこで、「SRI PSE AGN BK」と返して短い挨拶の部分だけ再送信して頂いたが、個々の符号は理解できても、電文は???であったため、再々送信をお願いして、電文をすべて書き取ることにした。 「ホレ」の後、「ヨレイナ゛リイムレ・・・」と続いたため、「何じゃこりゃ!?」と混乱してしまい、最後まで電文を書き取ることができなかった。仕方なく、わかったフリをして、「CFM 73 TU E E」と打って、急いでその場から逃げ出した(笑)。 さて、何とか逃亡には成功したものの、私は、書き取った電文の意味が気になって考え込んでしまった。皆さんは、この電文の意味がおわかりだろうか? およそ10分後、「そうか!、わかった!」、私は思わず手を叩いた。 「ホレ」+「ヨレイナ゛リイムレ・・・」 →「DOMOARIGATO・・・」 →「ど(う)もありがと・・・」。 そう、ローマ字である。 おそらく、「どうもありがとうございました」という趣旨の電文であったと想像している。 「DO」と「ホレ」。思い込みとは恐ろしいものである。いつものことだが、自分の修業不足を痛感した。 #
by jg2gsy
| 2012-05-03 07:20
| モールス・電鍵
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せっかち君に感謝
昨日の記事で、すぐに「?」を連発する局を、私が勝手にせっかち君と呼んでいることを書いた。その由来は、私が大学院生のときにお世話になった教官の先生にある。その先生は、人が話している最中にもかかわらず、「何?」、または、「何で?」とすぐに口を挟むため、「せっかちな何先生」と呼ばれていた(笑)。なお、本人はその事実を知らないので、この件は、ここだけの話しにして頂きたい。
先日の ALL JA TEST の際、思わずせっかち君に感謝したい場面があった。各局のブログを拝読すると、コンテスト中は全国的にまだら状態のコンディションであったらしい。2エリアでも、通常のスキップ・ゾーンでは説明ができない不思議なコンディションで、いつもなら HF LB で簡単に QSO できる某エリアが全く聞こえなかった。ところが、あと2時間でコンテストも終了という土壇場になって、その某エリアが強力にオープンしたのである。どうやら、全国的に似たような状況だったらしく、ニュー・マルチを求める全国の局が、某エリアの局に殺到して大パイルとなっていた。 あまりのパイルの大きさに、「こりゃダメだ!」と最初からサジを投げた私であったが、一応コールだけは続けてみた。空振りコールが20分ほど続いた頃である。突如、気合いの入った強力な「?」が飛び込んできた。コンテストでは、CQ を出す前に、「QRL?」と打たずに、単に「?」と打つ局も多いが、あれほどの大パイルに気付かない訳がない。また、大パイルを受けていた局は、1 QSO - 1 ID でテキパキと NR 交換していたため、30秒もワッチしていれば、その局の ID も NR もわかったはずである。おそらく、その気合いの入ったせっかち君は、NR だけを聞いて、ニュー・マルチほしさに、すぐに「?」を打ったものと思われる。しかも、目的の局が ID を送信中に。 しかし、何が幸いするか予測できないのは世の常である。あまりにも強力で気合いの入った「?」が突如乱入したため、誰もが(おそらく驚いて)コールすることを一瞬止めてしまい、偶然にも、私独りだけがコールした瞬間が生まれたのである。私がノー・パイルで NR 交換した直後、すぐに大パイルが再燃したことは言うまでもない。一瞬のチャンスを物にした私は、せっかち君の乱入に感謝するとともに、「チャンスは一度だけでいい」という、ゴルゴ13の有名な台詞を思い出した(笑)。 #
by jg2gsy
| 2012-05-02 19:00
| 笑い話・失敗談
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